久しぶりのおすすめ本紹介です。
今回読んだのは、幕末の思想家・吉田松陰の教えをまとめた『覚悟の磨き方』です。
実は私は以前から、世間で語られる吉田松陰の功績に少し疑問を持っていました。
「天才思想家」と呼ばれる理由は何なのか。
吉田松陰は本当に「天才思想家」だったのか?
その答えが見つかるかもしれないと思い、この本を手に取りました。
本書では、日米修好通商条約を朝廷の勅許なく締結した幕府に激怒した吉田松陰が、自ら幕府の役人に「間部詮勝の暗殺計画」を打ち明け、結果として安政の大獄で死罪になった経緯が紹介されています。
プロローグには、
「暗殺計画を告白することで、自分の考えを伝える機会を得ようとしたのかもしれない」
と書かれています。
また、あとがきには、
「やらなければならないことがあるなら、それは誰かがやらなければならない。誰もやらないのであれば、喜んで私がやろう」
という松陰の覚悟を表す言葉が紹介されています。
しかし、私はこの考え方には共感できませんでした。
吉田松陰ほどの人物なら、暗殺計画を打ち明ければ死罪になる可能性が高いことは十分理解していたはずです。
私には、どうしても「命の無駄使い」に思えてしまうのです。
もっとも、松陰が命知らずだったのはこれが初めてではありません。
鎖国時代、海外への密航が死罪と分かっていながら黒船に乗り込み、当然のように捕らえられ、故郷の長州藩に投獄されました。
幸い死罪は免れ、後に仮釈放されて「松下村塾(しょうかそんじゅく)」を開きます。
ここでの功績は本当に素晴らしいものです。
わずか2年余りという短い期間で、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋など、幕末から明治維新を支えた数多くの人材を育て上げました。
私は、これこそが吉田松陰最大の功績だと思っています。
だからこそ疑問が残ります。
なぜ、この松下村塾を続けなかったのでしょうか。
その後も松陰は過激な行動をやめず、長州藩に間部詮勝暗殺用の武器提供を求めたことで再び投獄されます。
弟子たちは師を救うため、「血判状」まで提出して処罰を止めようとしました。
ところが松陰は、その弟子たちに激怒し、「絶縁状」を突きつけます。
この場面は最後まで理解することができませんでした。
命がけで自分を助けようとしてくれた弟子たちに対して、なぜそこまで厳しい態度を取ったのか。
私には、吉田松陰の評価に影を落とす出来事のように感じます。
本書のタイトルの裏には、
「この命をどう使い切るか。ついに志を立てる時がきた。」
と書かれています。
しかし私は、「命を使い切る」とは命を失うことではなく、生き続けて志を実現することではないかと思います。
本書の最後には、
「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし、生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし」
という松陰の言葉が紹介されています。
私は、この言葉を読んで逆に考えてしまいました。
あれほど優秀な弟子たちがいたのなら、「生きて大業の見込み」は十分あったのではないでしょうか。
もし松陰がさらに10年、20年生きていたら、日本の歴史はまた違ったものになっていたのかもしれません。
結局、最後まで読んでも「吉田松陰はなぜ天才思想家と呼ばれるのか」という私の疑問に明確な答えは見つかりませんでした。
それでも、歴史上の人物を美化するだけでなく、自分なりの視点で考えるきっかけを与えてくれる一冊だったことは間違いありません。
読後は少しモヤモヤしましたが、そのモヤモヤこそがこの本の価値なのかもしれません。


コメント